「問題のある社員を改善させようと何度も注意しているが、いっこうに変わらない」といった悩みを抱える経営者や管理職の方もいると思います。今回は、上司と部下のコミュニケーションを専門としている、佐賀県よろず支援拠点コーディネーターの北村朱里が、問題社員を変えるために上司ができることを解説します。トラブルを繰り返す社員は、ただ注意するだけで変えるのは難しいものです。しかし、しっかりとステップを踏んで向き合えば改善は見込めます!
雑な電話対応を続ける社員
ここからは架空の会社と人物の例で解説していきます。
Aさん(27歳)は大学卒業後、事務職を経て3年前に菓子製造販売会社に入り、通信販売課に配属されました。電話応対の基本的なスキルが備わっていることが採用の決め手です。通信販売課ではECも展開していますが、年配の顧客が多いため電話受注が多いのが現状。Aさんの主な業務も電話応対です。Aさんは明るい性格で、入社当初は仕事にも前向きに取り組んでいました。声が明瞭で、Aさんが電話を受けるとその声が響き渡ります。お客様へのおすすめも上手で、売上アップにも貢献してきました。
1年前に入社した後輩Bさんも影響を受け、明るい応対が定着してきました。Aさんは年齢の割に幼いところがあり、勝ち気で飽きっぽい面もありますが、天真爛漫で憎めない人柄が周りからも好感を持たれています。
ところがここ半年ほどのAさんの様子が、上司である課長は気になっていました。電話応対が明らかに雑になっているのです。お客様が不快感を示され、課長が電話を代わってお詫びすることも数回ありました。そのたびに課長は「お客様には丁寧な応対をしようね」と注意をし、Aさんは「はい」と素直に返事をしてその直後は丁寧な応対をしますが、しばらくするとまた雑な応対に戻ることを繰り返していました。その影響か、後輩Bさんの電話応対も乱れているように感じられます。
ついに大きなクレームが発生!どう教育する?
ある時、ついにこれまでにない大きなクレームが発生しました。Aさんが電話対応したお客様が本社併設の直営店に来られ、非常にお怒りの様子でご不満を呈されたのです。
その場にいた店長がお話を聞き、課長も駆けつけて何度もお詫びしましたがお納めいただけず、最終的には社長が対応する事態にまで発展しました。何とか許しを得てお引き取りいただけたものの、会社としては大問題です。課長は頭を抱えましたが、気を取り直してAさんを根本的に変える取り組みを始めることにしました。
問題の応対を確認する
クレームの原因となったAさんの電話応対は、課長が不在の時に行われたものです。録音を聞いてみると、想像以上に攻撃的な物言いが散見され、課長は愕然としました。Aさんの応対で特に大きな問題があった箇所は、下記の通りです。
Aさんとお客様の会話(抜粋)
客「それと、前にも注文した『ふんわり焼き菓子セット』を1つください」
A「は? 何のですか?」
客「何の、って?」
A「はあ(溜息)種類ですが」
客「種類がありましたっけ?」
A「はあー(大きな溜息)種類を言われないとわかりませんので!」
『ふんわり焼き菓子セット』とは5年前から販売しているマドレーヌ・フィナンシェ・ダックワーズの3種類を詰め合わせた人気商品です。それに加えて2種類ずつセットになった商品が2カ月前に増えたのですが、お客様が前回注文されたのは3カ月前だったため、そのことをご存知なかったと思われます。
本来であれば新しいラインアップについて丁寧に説明し、お客様の選択を促すべきです。しかし、Aさんの応対は説明どころか暴言に近く、お客様がお怒りになるのも当然のことです。このままAさんに電話応対をさせていては、会社として信用失墜、売り上げ低下につながりかねません。
解決に向けて面談を実施
非を認めやすい環境をつくる
Aさんは、なぜこれほどまでにひどい応対をするようになってしまったのでしょうか。Aさんが本来適切な応対ができるスキルを有していることはわかっているため、原因は技術的なことではなく、何らかの心理的なものであると考えられます。
心理的な部分にボトルネックがあると思われる場合は、1対1の面談を設けるのが最も効果的な方法です。課長はさっそくAさんとの面談を実施しました。
課長の面談(冒頭)
A:課長、お疲れさまです。
課長:Aさん、来てくれてありがとうございます。用件は何となくわかっているかと思いますが…
A:はあ…
課長:今日はAさんにとても大事なことを話さなければなりません。私も覚悟しているので、Aさんも覚悟して臨んでほしいです。※1
A:はあ、わかりました。
課長:ではまず何があったかを説明しますね。〇月〇日〇時〇分にAさんが電話で受注したお客様が、翌日に直営店にお越しになりました。お客様はまず〇〇と仰って、店長が〇〇と返答したところ…(以下、前述したいきさつを説明)。出来事は以上です。※2
A:だって、それはお客さんが全然ちゃんと種類を教えてくれないから悪いんじゃないですか。
課長:うんうん、そういうふうに思ったのですね。※3
課長:では、これから一緒に応対の録音を聞いてみましょう。客観的に聞くとまた新たな気づきがあるはずですから、今言ってくれた感想と変わってもまったくおかしなことではないですからね。※4
上記の対話におけるポイントは下記のとおりです。
課長が話したポイント
※1 こちらが真剣に臨む姿勢を見せ、本題に入る前にマインドセットを行うことが重要。
※2 今回起こった出来事を、感情や主観を入れずに事実のみを淡々と伝える。状況の客観的な理解を促し、冷静にさせる効果がある。
※3 どんなに言い訳がましい内容でも、考え方が間違っていても、Aさんが「そう思った」ということを否定せず受け止める。Aさんの心理的安全性を確保し本音を言いやすくする。
※4 本人が自分の非を認めていない状況の時は、後で素直に自分の非を認められるように先にこう言っておく。特にAさんのように勝ち気なタイプには効果的。
マインドセットを促す
録音を聞いた後、課長が感想を尋ねてみるとAさんはこう言いました。
「確かに私にも悪いところがあったかもしれないけど……でもお客さんだってちゃんと言ってくれないから!」
これでは全然ダメだと思われるかもしれませんが、ここではわずかながら先ほどよりもAさんが素直になっていることに着目してください。録音という揺るぎない証拠を目の前に突き付けられると、さすがにAさんも「自分は悪くない」とは言いづらくなってきます。特にAさんのように自分のスキルに自信がある人ほどその傾向が強いため、指導としては効果的です。
次に課長は言いました。
「Aさんの意見をもっと詳しく聞きたいから、次は録音を聞きながら、Aさんが気になるところで一時停止して教えてもらえますか?」
悪いところを自分で指摘させるのではなく、あくまでも「あなたの意見を教えてほしい」という姿勢で臨むのがコツです。応対を分析するのは電話応対経験が少ない人には難しいことですが、Aさんは応対を聞いて良し悪しを判断するスキルを持っているからできることだと伝えるのもよいでしょう。思惑通り、Aさんは的確な箇所で一時停止します。二人の会話をご覧ください。
課長の面談(続き)
(録音を聞く)
客(録音)「…それと、前にも注文した『ふわふわ焼き菓子セット』を1つください」
A(録音)「は? 何のですか?」
(ここで一時停止)
A:ここの言い方、よくなかったと思います」
課長:さすが的確ですね。代わりに何と言えばよかったと思いますか?」※5
A:以前より種類が増えて4種類になっていることを、ちゃんと説明すべきでした」
課長:いいですね!ではその部分を、お客様に言うように私に説明してみてもらえますか?」※6
上記の対話におけるポイントは下記のとおりです。
課長が話したポイント
※5 本人が指摘した箇所が的確であればその旨を伝えて褒め、具体的な改善案を本人から引き出す
※6「ちゃんと説明」という曖昧な答えで終わらず、具体的なセリフに落とし込ませる。Aさんの場合は文言のみならず音声表現(溜息、強すぎる語気)にも問題があったので、そこも改善できているか見る
他にも数カ所、Aさんが一時停止するたびに改善策を尋ねて短いロールプレイングを行い、最後まで聞き終わりました。
課長はAさんに尋ねます。「改めてここまで振り返ってみて、今どんなふうに感じていますか?」
するとAさんは「私、お客様のことをぜんぜん思いやれていませんでした。最近、慣れてしまって丁寧にするのが面倒になっていたんです。自分が恥ずかしい」そう言って泣き出しました。Aさんは社会人として幼いところがありますが、それは人一倍素直な面を持っていると捉えることもできます。短所と長所は表裏一体とよく言われますが、根気強い面談は短所に見えていた部分を長所として前面に出す効果もあるのです。
最後に課長は「これからは今の気持ちを忘れず、さっきのロールプレイングでできたような親切な応対を、すべてのお客様に行うと約束できますか?」
Aさんの「はい!します」という元気な返事を受け、課長は付け加えます。「後輩のBさんも、普段からAさんの応対をお手本にしているみたいだから、Bさんのためにもいい応対を続けてくださいね」。慣れてきたというだけで度を超えて雑な応対に走りがちなAさんには、身近な抑止力として「自分を手本にしている後輩」の存在を意識させることも効果的なのです。
実務の中で定着と再発防止を図る
今回のことで課長は、真剣なマインドセットと適切な手法による面談で人の心を変える大切さを改めて実感しました。その後のAさんはというと、課長と約束したとおり丁寧な応対を完璧に続けている……と言いたいところですが、ときどき雑になることもあります。そんな時は課長が「Aさん、今の応対、どう思う?」と声をかけるとハッとしてすぐ改善するようになりました。それを見ている後輩Bさんの応対も良いものに戻っていきました。
かくして通信販売課のクレームは激減し、売上は向上、リピーターも増えています。あのクレーム以来心配していた社長や直営店の店長も、通信販売課の努力と成果を認めて労ってくれました。
最後に
もしあなたの会社に気になる社員がいる場合、今回の課長の対応を参考にトライしてみてください。すぐには効果が見られなくても、続けていけば少しずつでも変えることはできます!
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